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2019年07月17日(水)

メディア運営の当事者が語る「メディアとM&Aのリアル」 パネルディスカッション

経営ハッカー編集部
メディア運営の当事者が語る「メディアとM&Aのリアル」 パネルディスカッション

2019年6月、秋葉原TIME SPACEにて、「メディアとM&Aのリアル」をテーマにイベントが開催されました。デジタルメディア、広告、コンテンツなどは今後どう進化をしていくのかをテーマにしたメディア「Media Innovation」のオフ会イベントで主催は複数メディアを運営する株式会社イード。登壇者は同社執行役員メディア事業本部長 土本学さんと、株式会社じげんの取締役執行役員CFO 寺田修輔さん、株式会社ベクトルのM&A戦略を担う経営戦略部部長戸崎康之さんの3名。この3名によるパネルディスカッションが行われました。
会場にはメディア運営者、M&A業務担当者などが来場。変貌し続けるメディアはどこに向かうのか、その手がかりを掴みに来た彼らからはパネルディスカッション後の質問タイムに矢継ぎ早に質問が飛びました。

M&A担当者に求められる資質とは?

土本:司会を務めさせていただきます株式会社イードの土本です。よろしくお願いします。
まずはM&Aの担当者に求められる資質について伺っていきたいと思います。今回インタビューを事前にさせていただいたとき、じげんさんは寺田さん以外は新卒の1~3年目の方が担当されていると伺ってすごく衝撃を受けたんですが。

寺田:そうですね。M&Aを行うためにはいくつかのフェーズがあると思うのですが、そのフェーズによって担当者に求められる資質は変わってくると思います。M&Aのプロジェクトオーナーは、本質的にはPMIのプロジェクトオーナーでもあるべきだと私は思っています。その会社の新しい経営陣に就任予定の人間というのが、事業のDDを行うべきだと思いますので、そういう意味ではそのまま事業をやれる人間がプロジェクトの責任者になるべきだと思います。

ただそれぞれの役割があるのかなと思いまして、事業責任者たちが弁護士やFASをディレクションしてプロジェクトを回していく、あるいは株式譲渡契約書を作りこむというところまで主導すべきかというと必ずしもそうではなく、ディールの進行は私のチームで担当します。
また、先ほど仰っていただいたように私のM&Aのチームは新卒1年目、2年目、3年目の社員で構成されています。最初のソーシング、これは営業に近いと考えています。いろんな方々のお力を社内外で借りながらプロジェクトを進めていくとか、毎週いろんな仲介業者の方や金融機関、場合によっては直接対象会社にお邪魔をして事業提携の話をするというのは、若手でも問題なくできるのかなと思っています。

土本:新卒で入って来て、M&Aのチームに入りたいと希望する人は多いのですか?

寺田:ここは相当念押しをするので、最後まで残る希望者はそれほど多くないです(笑)。かなりハードな環境だよと念押しをしていくと、「ちょっと自信ないです」といった答えが返ってくることもあります。それでもやりたいと言う場合には採用するようにしています。

土本:ベクトルさんのM&A担当者の特徴はありますか?

戸崎:M&A締結後、PMIまでを通して考えると、買収した会社には引き続きその会社のメンバーで意志を持って経営にあたっていただくケースが多いので、ベクトル側のM&A担当者はDDでどれだけのコミットメントをしていけるのかを割と見ています。あまりグイグイ中に入っていって色々やっていくスタイルは今のところとっていません。

土本:ハンズオンではないということですね。そうすると事業が計画通りに行っていない場合はどう対応されるんですか?

戸崎:ベクトルのなかにはM&Aした会社のランク分けがされていて、まあABCとランクがあった時にCが一番やばいと思ってください。で、Bが普通。Aがすごく良いと。もちろんM&AのタイミングでCに行くことなんて想像していないわけですよね。BもしくはAを目指してDDを行なって、シナジーを両者で話して、計画を立てていく形で走りますから。ところが全てが上手くいくわけではないので、事業の見通しが悪くCになってしまうこともあります。この場合はベクトルから経営陣が入ります。
例えば組織的な問題が起こっている場合には組織的な解決をすることが得意な人間をアサインしますし、そうではなくて事業戦略を見直さないといけない時はそれが得意な人間を送り込むといった形でケースバイケースです。つまり出て来た課題の定義づけをしっかり行なった後、対処するにふさわしい人間を介入させていく、ということですね。

ソーシングのコツは?

土本:ありがとうございます。ソーシングのコツってありますか?

寺田:タイミングキャッチと自分たちのニーズを正しく伝える2つが必要だと思っています。
我々も過去、タイミングだけで悔しい思いをしたことが何回かありました。ですので幅広に物量的に押さえておくことが1点。
それともう1つは我々のニーズを正しく伝えておくこと。というのも仲介プレイヤーが勝手にスクリーニングしてしまうことがあるんですよね。じげんさんは人材や不動産であって、旅行は興味ないと思っていましたとか、そういうのがあるので。だからこそ、具体的なロングリストやショートリストをしっかり伝えておくというのは意識しています。

戸崎:ベクトルの場合も基本的に同じで、やはり張っておくということですかね。寺田さんが仰るように自分たちの考えを仲介業者にしっかり伝えておくことも重要かなと。あと、ベクトルの場合、直接の持ち込みが結構多いんです。それだけで数百件に上ります。

土本:案件を見る際に気をつけるポイントはありますか?

戸崎:大体のことはDDでどうにかなっていくものですが、人としてのリファレンスを取りに行くというのはあるかもしれません。非常に重要なポイントだとは思うので。一般的な採用もそうかもしれないですけど、きちんと知人に話を聞いたりといったことは積極的にしています。

土本:買収する会社の経営陣が引き続き経営を行ってほしいというベクトルさんのスタンスだからこそ、人としてのリファレンスが気になるということですかね。

戸崎:基本、辞めて欲しくない、優秀な人であればいてほしいということを前提に考えていきたいところがあるので、大事にしているのかもしれませんね。

土本:じげんさんは気をつけるポイントって何かありますか?

寺田:プレゼンでも申し上げましたが、我々がM&Aしてきた12件の会社は、業種とか事業構造は結構バラバラに見えるけれども、実はほとんど同じ戦略に沿って獲得してきています。
それは顧客資産を獲得しに行くとか、持続性の高い資産を獲得しに行くということなので業種を見ると広く見えるのですが、実際はそうではありません。
例えばディールに携わっているメンバーみんなで、この会社の何を獲得するのだっけとなった時、シンプルに同じ答えにならない案件って基本的にはやらないんですよ。何千社の顧客ですとか、それがない会社に関してはあまり時間をかけて見たりしないので、結構すぐ判断できてしまう。
前半でお伝えした法人顧客もしくは法人に対しての商流があるがどうかが重要なポイントですね。

メディアはどうなる?

土本:メディアのことについてもちょっと聞きたいなと思います。

寺田:メディアでいうと、データベースを持つメディアがもっと出てこないかなと思っています。ユーザーを先に集めて、ユーザーばかりまわしているメディアは資産性が残りづらいことがあります。ユーザーってどうしても移ろうものなので。データベースや商流をコツコツ貯める、そういうのがもっと出てくればいいなと。

土本:戸崎さん今後のメディアどうなっていくと思いますか?今PMIを担当されているスマートメディアさんにもう1つ加える可能性があれば、どんなところですかね?

戸崎:ベクトルの場合は実はメディアだけでどうこうとは考えていないんですね。基本的にはPRをきっかけにベクトルの中にいろんなコンテンツが出来上がって来ていますから。なので今1個加えるならば、難しいですね。
寺田さんの話にも出ましたが、個人的にはデータベース型のメディアは欲しいなというふうに思いますね。もともとVOYAGE時代ずっとやってきたところがあって、基本的に私が得意なのはデータベースを構築しながら、そこを強固にすることでビジネスをスケールしていくことを15年間やってきたので、ベクトルの中でもチャレンジしてみたいなという気はあります。

M&Aの出資先がクライアント!?

寺田:メディアの話題とは関係ないですけれど、ベクトルさんって普通の会社とM&Aや出資の考え方が全然違うと思っていまして、我々を含めて多くの会社って100億投資してその会社がいくらキャッシュフローを生んでくれるかが判断基準じゃないですか。ところがベクトルさんって出資先がクライアントになる。それってどれくらい戦略的にやられているのかなって興味があって。売り上げのうち、出資先から得ている収益ってどれくらいになるんですか?

戸崎:収益は現状では大きくはないですね。ベクトルは昔からM&Aしてきたわけでもないので、結果が出てくるのはこれからかなとは思います。ただ、この話は広告会社さんとかにもある話かなと思っています。いわゆる広告事業者さんがどういったことをやっているかというと、枠を買いきったりとか、買い切り合戦を皆さんやっていたりしますよね。である程度リターンが見込めるのだったらいっそのことメディア自体を買ってしまうのは一つやり方としてあると思うんです。出資に関してもすぐキャビタルゲインがなくても、リターンが見込めることがあるのですから。

土本:出資先に対しては何が提供できるかというのが大事になってくると思うので、そういう意味では確実に支援できるのは強みですよね。

戸崎:確かに出資先に対しては、そのイメージが湧くか湧かないかというのが割と重要だったりしています。PRでどれだけこの会社のレベルアップが見込めて、サービスを伸ばしてあげられるかなってところが、M&Aを真剣に考えるポイントになっていると思います。

M&A前に作成する「アップサイド」「ボトム」「ベース」「ホラー」4つのシナリオ

土本:事業計画を立てるにあたりコツはありますか。

寺田:M&Aをする前に我々は必ず4つのシナリオを作ります。バラ色のアップサイドシナリオ、ボトムシナリオ、アップサイドとボトムの単純平均としてベースシナリオ、それぞれシナジーをどれくらい盛り込むのか。80%くらい織り込むのがアップサイドシナリオで、10%とか20%とか本当に手堅いものしか織り込まないのがボトムシナリオ。その真ん中がベースです。もう1個、株式取得額から逆算してこれを下回ったら会計的にも影響が大きい、というバリエーションシナリオというのを作ります。
それぞれ結構、徹底的に作っていくんですけれども多分あまり他社さんがやっていないのは、そのシナリオを作る過程で売主とか対象会社とディスカッションして、我々こうやって伸ばそうと思っているんですけれども、なんか変なこと言っていませんか、我々がやろうとしていたことって過去実はもう検討したりしましたか、検討していたらなんでやらなかったんですか、もしくはやったけどうまくいかなかった理由はなんだと思いますかというのを、率直に聞くようにしています。

で、この4つのシナリオを持ってM&Aをするのですが、クロージングして、Day1からもう一回計画を作り直していきます。M&Aのディール時にはどうしても全ての社員の方にアクセスできるわけではないので、ディールがオープンになった後、100日プランを策定、実行している中で現場のキーマンとも話をしながら我々が持っていた仮説が合っているのか、間違っているのかをチューニングしていって、かつその計画を毎年度、3年間の中期計画ということでローリングしていくのです。

会場からの質問 〜撤退、売却の基準は?〜

土本:せっかくなので会場からも質問を受けたいと思います。

会場:2つお伺いします。1つ目は買ったメディアで撤退や売却をしないといけない際の判断基準を教えてください。2つ目は、10年後の2030年、日本や世界でのメディアの役割はどうなっているのか、未来図を伺いたいです。

寺田:1つ目に関してですが、過去12件のうち1件だけ、売却したことがあります。それは唯一我々が株を100%取得しなかった会社です。20%弱のマイノリティー出資でした。結局我々が思うような経営ができなかったんですね。これまで100%取得しかしたことがなかったので、ハンズオンでやってこれたものができなかった。その時もその会社を伸ばすための施策をたくさん考えていたんですけれども、それ以上関与してもあまりリターンは望めないだろうということでほぼ損益なしでイグジットしました。
残りの11事業に関しては伸び続けているものがほとんどなので、真面目に売却を検討したことはないんですが、もしするとなれば、社内で投資基準と撤退基準は設けています。一定程度前年比減益が続くとか、一定程度赤字が続くといった場合には売却か撤退か再建かを検討するというルールがありまして、それを粛々と進めていくことになるかなと思います。幸い今のところないです。

会場からの質問 〜2030年のメディアはどうなっている?〜

土本:2030年のメディアに関しては、いかがですか?

戸崎:今でもメディア自体、それを媒介するもの、受け取るもの、デリバリーの手段自体がバーティカルになって分散しているので、メディアで大きなプラットホームは出来上がりづらい状況になってきていると個人的には思っています。
デバイスなのか、情報なのかみたいなところを、結構ソリッドに尖らせて、その領域の中で一番を取るというようなやり方をしてくるメディアが非常に多くなると思います。例えば、音声だけのメディアというのも当然出てくると思いますし、我々今スマートフォン持っていますけど、みんなもうメガネで見ているかもしれないし、何かつけていれば脳で勝手にやるような時代が10年後だったら、ありえるかもしれない。
というところを考えると、まあデバイスを押さえるということと、デリバリーまで考えたものを作っていくということがすごく重要なテーマになってくると思います。

会場からの質問 〜失敗談ってありますか?そこから得た教訓は?〜

会場:失敗談や、そこからの教訓でDDの際にここはチェックしているというお話あれば、ぜひお伺いしたいと思います。

戸崎:前職時代も含めてで考えると、組織的なDD、人事的なDDですね。経験も浅かったので、あまり深く考えずに進めてしまって、結果いざディールがまとまりday1が始まって行くんですけど予期しないところで組織的な課題が大きく持ち上がってしまって、もちろん離職も出てきますし、先の現場が全然見えていなかったという失敗はあります。ちょっと痛い思いをしたことがあるので、DDは教訓として非常にしっかりと見たいというポイントにはなっています。

寺田:当社でも色々ありましたが、失敗からの教訓というと1つは管理体制ですね。プロジェクションを作る時にアップサイドばかり見がちですけど、東証一部上場企業の子会社になることによってコストが増える部分って必ずあって、これまでは中小企業でそこそこの管理体制でやってきていたけれども、全然ワークフローが整っていなかったりとか、連結パッケージを連結の親会社に提出するスキルを持っている人がいないとか、その辺のディスシナジーは見るようにしています。

今後M&A担当者としてチャレンジしたいことは?

土本:最後自分から1つだけお二方に伺いたいんですが、M&A担当者としてこれからチャレンジしたいことはありますか?

寺田:上場企業ですね。今、スタートアップは我々では手が出ないような金額になってしまっていますし、プライベートエクティーファンドのドライパウダーが余りまくっているので、数年前だと当社が主にターゲットとしてみていた10億、20億、30億円くらいの規模の案件でも入ってきていて、彼らと我々はバリエーションの考え方が違うので、到底ついていけないような金額でさらわれてしまうというのが直近で何件かありました。
で実は一番バリエーションが安いのは上場企業なんじゃないかと思っていて、上場企業そのものを買うという話ではないかもしれないですけれども、上場企業からのカーブアウトであったりとかは可能性があるのではないかと。

土本:戸崎さんいかがですか?

戸崎:M&Aで取得した子会社の上場ですかね。ベクトルは子会社の上場も結構積極的にさせていくところがあるんですが、M&Aした会社で上場の実績というのはないので、実現させてみたいなと思っています。

土本:本日は参考になるお話を色々頂戴しまして、ありがとうございました。

 

〈登壇者プロフィール〉
株式会社じげん 取締役執行役員CFO 寺田修輔
【プロフィール】
2009年に新卒で外資系投資銀行のシティグループ証券株式会社入社。日本の不動産セクターの株式調査、財務アドバイザリー業務に従事し、2014年より不動産チームヘッド。2016年経営戦略部部長として株式会社じげん入社。現在は取締役執行委員CFOとして経営戦略、経営管理部、情報システム室を管掌。

株式会社ベクトル 経営戦略部部長 戸崎康之さん
【プロフィール】
株式会社アクシブドットコムにほぼ新卒で入社。15年間在籍。株式会社アクシブドットコムは株式会社ECナビ、株式会社VOYAGE GROUPと社名を変更。取締役としてメディア事業担当、グループ会社の株式会社VOYAGE MARKETING代表取締役を兼務。2018年末、株式会社ベクトルに入社。現在は経営戦略部部長として、M&A、協業、新規事業立ち上げに携わり、M&Aにより獲得、統合した子会社株式会社スマートメディアの取締役も兼務する。


株式会社イード 執行役員 メディア事業本部長 土本学
【プロフィール】
2008年株式会社イード入社。10年間、事業部でメディアの運営に従事。社長室を経て、現在、執行役員でメディア事業本部長。

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