ホールディングスカンファレンス ~中堅企業の生産性を上げる「バックオフィステクノロジー」~ 第1部 収益認識に関する会計基準と会計・税務実務への影響とIFRS強制適用 ~難解な会計基準に「胸落ち」する!~ 一般社団法人日本CFO協会 主任研究委員 公認会計士 中田清穂氏 [e-Disclosureセミナー(freee・ビジネストラスト・宝印刷共催)]
近年、収益認識基準が新設されたり、リース会計基準が変更されるなど、会計基準はますます難易度を高めています。
国際会計基準(IFRS)の適用が深く関わっているこの問題は、経理部門だけでなく、企業内の様々な分野に影響を及ぼす問題と考えられます。
そこで今回「ホールディングスカンファレンス ~中堅企業の生産性を上げる『バックオフィステクノロジー』」と題して開催されたセミナーでは、IFRSに造詣が深い公認会計士中田清穂氏を招き、新しい会計基準についてお話を伺いました。中田氏はこれからのバックオフィスで重要なキーワードとなるRPA(ロボティクス)にも深い見識を持たれており、その活用についても講演いただきました。
また、共催各社による最新ソリューション、そして各システムの連携機能についてのご紹介がありました。
今回はその第1回として、中田氏による新しい会計基準についての講演をレポートします。
中田:皆さん、こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。
今回、収益認識に対する会計基準というテーマでお話をさせていただきますが、この件について皆さまから「なかなか理解できない」という声をよく聞きます。そこで今回は短い時間ですので、その本質の部分をご説明し、キッチリ理解していただければと思います。
まず総論として、今までの会計基準から大きく変わるポイントを3つ上げます。
1つ目が連単同一処理になる、ということ。2つ目が工事契約会計基準とソフトウェア取引実務対応報告が廃止されること。そして3つ目がIFRS(国際会計基準)第15号の丸呑み、という3つです。
2つ目に上げたポイントの工事契約やソフトウェア取引などは、今までは特化した会計上のルールがあり比較的分かりやすかった。しかし今回できた収益認識基準には「工事進行基準」のような言葉で明確には書いてありません。一般的な包括ルールと言う形になっていますので、今まで請負工事をやられていた方は注意が必要だと思います。
さて、3つ目のポイントが皆さんの理解を妨げている最大のポイントになります。
今回新しくなる日本の会計基準の収益認識は、IFRS第15号の収益認識を丸呑みして作っています。これまで、通常はASBJ(企業会計基準委員会)が1つ1つ草案を作り、それを公開して条文を作っていたのですけれども、今回は国際会計基準をそのまま翻訳し、全部丸呑みをしています。
ですから売上高の認識が国際会計基準になっているのです。今まで日本でずっと経理をやってきたベテランの方や、あるいは公認会計士の方は、これまでの基準を理解していればしているほど、新しい基準が分からなくなってしまっていると思います。
ですから今日は今までの基準と新しい基準の「考え方」がどのように違うのか、ということについてお話しいたします。
5つのステップで理解する新しい収益認識
今日は収益認識を5つのステップで認識します。この5つのステップの意味を理解しなければ、新しい収益認識基準を理解することはできません。今後、監査法人の言いなりになって、やらなくてもいい対応などをしなくていいように、しっかりと理解しておくことが大事です。
ステップ1は、実質的に1つの取引なのに契約書が分かれている場合は会計上、1つの契約としてまとめる、ということです。これは法律上ではなく、あくまで会計処理上で、ということです。「契約書も1つにまとめてください」、と言う人がいますがそれは間違いです。
ステップ2が、1つの契約の中に異なる履行義務があればこれを分ける、ということです。契約と履行義務と言う事は全く意味が違いますので、これを分けて考えるということです。
ステップ3は1つにまとめられた契約全体での取引価格を、将来の値引きや返品等まで見積もって算出する、ということです。これは売上の会計基準の事なんですけれども「見積もる」という言葉が出てきます。今まで「売上を見積もり計上」なんてしたことがないと思うのですけど、今後は見積もってやらなければなりません。
ステップ4は、ステップ3でまとめられた契約全体の金額をステップ2の履行義務に則って、1つ1つが各々いくらになるのかを計算するということです。
そして最後のステップ5は、ステップ2の履行義務が1つ果たされたら、ステップ4の金額で売上を計上していく、ということです。
このステップ5では大事なことを2つ言っています。
それは「計上するタイミング」と「計上する金額」ということです。
今までの基準では売上は出荷したら終わり、というように1つのステップしかありませんでした。しかし今後は、履行義務を果たした時点が売上を計上できるタイミングということになります。
例えばソフトウェア開発などの契約でお客様に対して履行義務が発生した場合、その中には製品のメンテナンスやカスタマイズ等の条件が発生することがあります。これは今までは販売契約と保守契約、それから請負契約と全く別々に考えていたのですが、今後はステップ1の理由から契約上は別だが、会計上ではまとめて考えなければならなくなります。まとめてから履行義務ごとに金額を分けて、それぞれがいくらになるのか、という計算に繋がることになります。
履行義務についても一時的で終わるものと一定期間続けて果たすものがあります。義務の果たされ方に違いがあると、義務の果たし終わる時点も違います。
履行義務を分けることで、1つの履行義務が終わった段階で計上することができようになります。バラバラにすれば1つが終わるごとに売上計上ができるのですから、履行義務は分ければ分けるほど良いわけです。まとめてしまうと、いつまでたっても会社の売上が上がらなくなってしまいます。
ステップ3にはボリュームディスカウントのようなものも含まれます。例えば、自動車産業の商慣行によくある、発注主が部品メーカーに「この一年間でこれだけ買ったのだから割戻して」というようなものです。また、予想される返品率もステップ3では見積もらなければなりません。
割賦販売に関しては延払基準が使えなくなりますので、お客さんに渡した瞬間に全額売上計上することになります。しかしこの場合、2年目以降に支払われる売掛金は残るので、それを長期売掛金として回収していくことになります。ここで時間の経過に伴う価値の変動が発生します。つまり金利です。売掛金の中に金利の要素があるということで、それは売上高から引いて毎期利息相当分を受取利息として計上することになります。
面倒臭いですね(笑)。ですがこれは重要性がなければやる必要はありません。だから皆さんはいかに重要性が無いかということを証明しなければならない。それは会計監査人に相談しないで自分たちで判断規準を策定するのが良いと思います。
続いてステップ4のご説明です。ステップ2で個々の履行義務を分け、ステップ3で各々の取引価格を算出しました。そしてステップ4ではステップ2の個々の履行義務にステップ3の取引価格を配分します。
この場合、契約の金額とは関係ありません。皆さんの会社にある標準価格表やプライスリストなどに照らし合わせて算出してください。定価とか通常の取引価格で配分します。ステップ2・ステップ3もそうですが、契約書通りの金額では計上できなくなることもあると思います。
そして最後にステップ5、となります。
ここまでステップの段階を追って説明をしましたが、会計手続きは直線的なものではありません。例えばステップ3はステップ2の後ではなくステップ1の後続タスクになり、ステップ2は関係ありません。その点についてもご理解下さい。
意味が違う「資産」と「負債」
改めてこの会計基準の「考え方」についてお話します。
実はこの会計基準の考え方のとても重要なポイントは「収益を認識する前に、資産と負債を認識すること」にあります。そしてその「資産」と「負債」はいくらなのか、ということを売上を計上する前に計算しておきなさい、と言っているのです。
この「収益を認識する前に資産と負債を認識する」というのが分からない、とよく聞くのですが、それは分からなくて当然だと思います。何故なら資産と負債という言葉の意味が、皆さんが知っている意味とは異なるからです。
この資産と負債の概念を理解することで、5つのステップがより明確に理解できるようになると思います。
皆さんがよく知っている資産というのは「過去の支出の結果」です。しかしこの新しい収益基準における資産は「将来の収入の予測」です。「過去と将来」、「支出と収入」、「結果と予測」……、ことごとく全く反対の意味になっています。まったく同じ言葉を真反対の意味で使われている、だから今まで理解が難しかったのです。
分かりやすく言えば、将来会社にお金をもたらすものが「資産」です。値引や返品も含めた回収可能額で予測するというのは、まさにこれらを将来得られる収入と考えているからです。
したがって、IFRSの収益認識基準では「売上は負債の減少によって発生する」という表現になるのです。
これがIFRSの根本的な理念である「資産・負債アプローチ」です。
IFRSでは、まず発生するのは資産と負債です。いきなり収益費用が発生する事はありません。先に資産と負債が発生し、そして期末に向かって、資産や負債が変動することで収益や費用が発生してくる、ということになります。
ここで少し横道に逸れますが、リースについてお話します。製造機械を、買って使おうと借りて使おうと、将来得られる収入は同じはずです。そこから生み出された製品は一緒ですから。
買っても借りても、将来の収入が同じであれば、いずれも同じ金額で資産計上するべきだ、ということになります。「資産とは、将来の収入の予測」だからです。
このリース会計については、取得原価主義会計では絶対に出てこない考え方ですが、「資産・負債アプローチ」で考えると、リースを資産計上することは「むしろ当然である」ということになると思います。
次に、新しい収益認識基準のもう1つのポイントが、企業会計原則を否定していることです。企業会計原則である実現主義・発生主義・費用収益対応の原則は、IFRSの基本的な考え方にはありません。ですから、この基準を丸呑みすることにしてしまったので、今まで日本にあった損益計算の大原則を否定せざるを得ないことになったのです。
5つのステップを捉え直す
この本質的な考え方を理解したところで、もう一度、5つのステップに戻ってみましょう。
ステップ1では、まず契約の成立によって「資産と負債が発生」します。原則は「資産・負債アプローチ」ですから。会社に注文が入った時点で履行義務が発生します。法的に確定した義務が発生するのです。しかし今までは受注時には仕訳を切っていませんでした。負債を計上してこなかったんですね。日本の会計制度は「損益中心アプローチ」だったので、受注の時点ではまだ損益は発生していない、という考え方が基本なので、全く関心がありませんでした。しかしIFRSでは、「資産」と「負債」の定義を満たしている、ということになります。
ステップ2では、収益に紐づくように負債(履行義務)をバラバラにします。
そしてステップ3は負債全体の金額を計算します。
個々の負債を計算するのがステップ4です。
そしてステップ5は、1つ1つ履行義務を果たしていくたびに負債が減少することで、売上が発生するのです。さきほど、「売上は負債の減少によって発生する」と表現した文章の意味が、ここで理解できると思います。
以上のように、5つのステップは「負債の流れ」で全て説明ができるのです。
税制への影響、今後の動向
これで今まで分からなかった様々な文章の意味が理解できたと思います。
「最初にまず負債が発生する」という原則が分からずに条文を読んでも理解はできないのです。「履行義務の充足」というのは「負債の減少」ということです。
この会計基準は2021年の4月1日以降に適応されますが、既に早期適用は2018年から始まっています。
これに関連して、税制の改正が起こっています。
まず、法人税法22条の2というのが新しくでき、新しい会計基準で処理した決算書が、税務上も認められると言う形になりました。
ここでは、「通常支払うべき対価の相当額を売上計上額にする」とされています。これ「一般的な第三者間で通常定められている金額(いわゆる時価)」であって、お客様と決めた金額(契約に記載されている金額)」ではありません。つまり会計基準の「変動対価を考慮した金額が、売上の計上額の原則になった、ということです。
割賦販売についても延払基準が、税法上も廃止されました。これによって販売した年度に、全額売上を計上するので、当初の税金を多く支払わねばなりません。しかし、販売代金は分割払いなので、非上場の企業でも影響を受けるので、資金繰りが悪化します。
最後に今後の会計基準の流れについてお話します。
今日は、収益認識基準についての話をしましたが、最近はIFRSの書く基準を丸呑みして、全くそのまま日本の会計基準になっているという傾向になっています。
しかし問題は、収益認識基準でやったように、このIFRSの丸呑みを今後も継続するのか、それとも、減損会計基準でやったように、形だけ合わせた形にして、基準の中身は違うものにするのか、ということです。それによって対応の仕方が大きく異なるでしょう。今リース会計の基準を見直す作業に入っていますが、まさしくこのポイントが最重要論点になっています。
2011年6月に延期になった「上場企業へのIFRSの強制適用」という話も、またくすぶり始めています。東証の市場再編の動きが、日本の資本市場に海外の投資を呼び込むため、IFRSを適用させる動きにつながる可能性があると、私は考えています。こういった動向に注意している必要があります。
本日は、ありがとうございました。
有限会社ナレッジネットワーク 代表取締役 中田清穂
青山監査法人にて米国基準での連結財務諸表監査に7年間従事。旧PWCに転籍後、連結経営システム構築プロジェクト(約10社)に従事。旧PWC退社後、DIVA社を設立し、取締役副社長に就任。DIVA社退社後、ナレッジネットワークで活動開始、代表。キヤノン電子株式会社社外監査役、株式会社アドバネクス社外監査役、一般社団法人日本CFO協会主任研究委員。