ホールディングス化を検討する上で知っておくべき基礎知識
(※編集部註)こちらの記事は、株式会社船井総合研究所による寄稿記事です。プロの経営コンサルタントの視点で、経営者の悩みに応えるシリーズ第2弾。
「ホールディング会社」「持株会社」と聞いて、どのような印象を持たれるでしょうか。
- 上場会社のような大規模な会社の印象がある
- 税理士から株価対策にメリットがあると聞いたことがある
- 「ホールディングス」という言葉の響きがかっこいい
近年中小企業経営において、ホールディングス化や持株会社化が注目を浴びています。しかし、言葉だけが独り歩きをして実際のところはどうなのか、自社においてホールディングス化が果たして適切なのかを判断できない経営者も多いのではないかと思います。
そこで、今回の記事では「ホールディング会社(持株会社)とは何か」、また「経営の観点から中小企業のホールディングス化にはどのようなメリット・デメリットがあるのか」をご紹介します。
ホールディング会社(持株会社)とは?
ホールディング会社とは、グループ会社の株式を所有(holding)する会社をいいます。また、中小企業のホールディングス体制においては、一般的に、オーナー一族が、親会社であるホールディング会社の株式を所有し、そのホールディング会社が子会社である事業会社の株式を所有します。
この体制により、オーナー一族はホールディング会社の株式所有を通じて、グループ全体の投資戦略を担いつつ、場合によっては子会社である事業会社の事業戦略に対しても、間接的に影響力を有しています。
なぜ今、中小企業のホールディングス化が注目を浴びているのか?
そもそも終戦まで、ホールディング体制は、日本におけるグループ企業づくりの中核的な仕組みでした。三井、三菱、住友などの戦前の財閥は、ひとつの家系が多様多種な企業の株式を所有することで、市場に大きな影響力を有していましたが、ホールディング体制がその基盤になっていました。
しかし、(純粋)持株会社は戦後のGHQによる独立禁止法の施行によって1997年の独占禁止法の改正まで禁止されていました。そのため、(純粋)持株会社の歴史はそれほど古くなく、近年になって中小企業でも徐々に浸透し始めたことで注目されています。
中小企業の経営者がホールディングス化を検討するきっかけは何なのか?
ホールディング会社と言われると、売上高が1000億円を超えるような上場企業を思い浮かべがちですが、我々に寄せられる相談には、意外にも売上高20億円から100億円の地域一番店の企業によるものが多い印象があります。
その背景には
- 事業の多角化に伴い、一人の経営者では全事業の資金繰り管理や従業員の管理をすることが難しくなった
- 優秀な役員や従業員のモチベーションを上げるため、事業会社の経営者というポストを用意することで、中長期的なキャリアビジョンを実現させたい
- 会社の急成長による純資産の蓄積に関して株価対策が必要になった
といった事情があるようです。
ひとつ事例を出しましょう。
地方で調剤薬局を経営するA社では、先代の会長からご長男である社長に株式を承継されるタイミングで、ホールディングス化を実行されました。
売上高が25億円を超えたA社の上にホールディング会社を設立しつつも、事業の経営については積極的に役員や従業員の方に権限を委譲できる体制を作ることで、役員や従業員の方の活躍の場を広げたい。そして同時に、グループ経営によるシナジー効果を見いだしていきたいという経営判断によるものでした。
ホールディングス化のきっかけは、個々の会社で異なっており、後述するホールディングス化のメリット・デメリットを踏まえて、その目的を明確にする必要があります。
中小企業のホールディングス化のメリット・デメリット
中小企業のホールディングス化による6つのメリット
まずは、中小企業のホールディング会社による6つのメリットについて。
投資戦略と事業戦略の機能を分離することができる
中小企業のホールディングス化の本質でもお伝えしたとおり、ホールディングス化により、「所有と経営の分離」を実施することができ、ホールディング会社と事業会社とで、投資戦略と事業戦略の機能を切り分けることができるということが挙げられます。
ホールディング体制では、オーナー一族が、ホールディング会社において、グループ全体の投資戦略を担い、他の経営者が、事業会社において、事業活動に集中することで、全体として効率的な経営が可能となります。
役職や権限の拡大による従業員のモチベーションアップ
オーナー一族が経営者を務めることの多い中小企業においては、優秀な素質ある従業員であったとしても、役員や事業部長が最高のキャリアになってしまうなど、どうしてもキャリアプランに一定の限界が生じます。
しかし、ホールディングス化し、グループ内に事業会社の経営者というポストを用意すれば、従業員に一事業の会社を取り仕切るというキャリアプランを設けることができます。
その結果、優秀な人材の離職を防ぎ、逆にほかの企業から優秀な人材をリクルーティングしやすくなります。
特に独立志向が強い従業員が多い業種の場合は、グループ内で長期的にキャリアアップできる組織体制を構築することで優秀な従業員のモチベーションを向上させることにも繋がります。
事業リスクを分散することができる
事業内容によっては、飲食業や運送業など、許認可関係による行政の規制が厳しい業種があります。多業種を展開しているケースを例に考えてみましょう。
たとえば、万が一飲食業や運送業で不祥事が発生し、行政から業務停止命令などを受けて会社の事業を停止せざるを得なくなった場合、その他の無関係な業種の事業活動も停止してしまうリスクが存在します。
このような事業リスクが大きい業種については、業種ごとに法人を別にすることで、万が一の場合に他の業種の事業活動への影響を軽減することができます。
事業に応じて労働条件を柔軟に設計することができる
たとえば、ブライダル業界のように土日祝日が主な稼働となりがちな業種と、保育園のように平日が主な稼働となる業種とでは、従業員の働き方も大きく変わってきます。
法人ごとに、事業に適応した労働条件を設計することで、従業員にとって働きやすい環境を創出することができます。
スムーズな事業承継を実現することができる
事業規模が拡大し続けた結果、現在多業種を経営している会社において、後継者が先代からすべての事業の経営権を一挙に承継することは至難の業です。
ホールディングス化すれば、事業会社の経営者枠を設けることで後継者が経営の資質を身につける環境を整えることができるだけでなく、事業部ごとに法人を分けて経営権を分散させることで、承継にかかる後継者の負担を軽減することができます。
さらに、中小企業のホールディングス化によって、副次的にホールディング会社の株価の上昇が抑えられることもあり、一定の節税効果を見込めることもメリットとして挙げられます。
機動的な投資戦略(M&A、IPOなど)を実現することができる
近年、中小企業におけるM&Aは盛り上がりを見せており、投資戦略の現実的な選択肢のひとつになっています。
ほかの企業を買収する過程において、合併などの手法による自社との経営統合も考えられますが、ホールディング会社が買収したい企業の株式を保有するとより機動的にM&Aを実現することができます。
また、場合によってはホールディング会社によるIPO(上場)を目指すことも考えられます。
中小企業のホールディングス化による3つのデメリット
一方で、中小企業のホールディングス化によるデメリットはどういったところにあるでしょうか。
経営資質のある人材を多数育成する必要がある
事業会社に経営者のポストを用意するということは、そのポストにふさわしい、素質ある人材を育成する必要があります。
特に、経営者と従業員の大きな違いとして、事業別のP/Lだけでなく、B/Sやキャッシュフローへの意識があるのか否かという点が挙げられます。
単なる営業マンや事業部長にとどまらず、経営全般を財務面も含めてマネジメントできる人材として従業員を育てなければいけません。
経営の管理コストが増大する懸念がある
法人の分け方によっては組織体制が複雑化してしまい、管理コストが増大する危険性があります。
よくある失敗のケースとしては、同一商品の製造部門と販売部門を別の法人に分割することでサプライチェーンが複雑化してしまい、経営者が不透明な業績の管理に時間を費やされてしまうということが挙げられます。
また、法人が増えれば単純に経理の負担も多くなり、税理士に支払う顧問料も多くなってしまいます。
セクショナリズム(排他的な傾向、縄張り意識)の懸念がある
事業ごと、あるいはエリアごとに法人を分け、各事業会社が自社の利益を追求するあまり、部分最適な事業活動になってしまうことがあります。
そうなればグループとしての全体最適な事業戦略を実現することが難しくなるでしょう。
また、業績不振なグループ会社への転籍を希望しない従業員が出てくるなど、グループ間の人事異動に支障が生じることも懸念されます。
中小企業のホールディングス化を成功に導くためには
以上、中小企業におけるホールディングス化のメリット・デメリットを経営の観点から説明してきました。
実際にホールディングス化を行うときは、その目的が何か、一定のデメリットが生じることを想定した上でそれを上回るメリットがあるのかを検討する必要があります。
目先の事業承継を円滑に進めるための株価対策として、ホールディングス化を実行してしまったという失敗例もよくあります。
節税対策のみを考慮した設計により、後継者がマネジメントをしづらくなってしまっては意味がありません。ホールディングス化を検討する上では、中長期的に会社規模を大きくしていく上で、それが最適なのかといった経営面からの視点が必要です。