巨大組織の壁を壊せ!~経産省若手官僚・大企業イノベーターが語る「マインド・アクティブ」とは?
2019年5月22 日夕刻、四ツ谷駅近くの起業家コミュニティWeWork 東急四谷はいつもより熱気にあふれていた。この日、経産省若手官僚の有志が立ち上げた「マインド・アクティブ社会」プロジェクトの第2弾のイベントが開催されたからだ。
本プロジェクトは「能動的に人生を選択して、一歩踏み出す人で溢れた社会、一歩踏み出す人のチャレンジを、誰もが応援する社会」の実現を目指すことを目的としており、相変わらず閉塞感が続く社会、企業等において、ひとりひとりの能動的なマインドと行動によって変革を起こしていくことを提唱している。
今回のイベントでは、『経産省若手官僚・大企業イノベーターが語る 大きな組織の中で 「マインド・アクティブ」であるためには? 』と題して、大組織の中にあって「マインド・アクティブ」に新規事業、新規プロジェクトに取り組んでいる3人のイノベーターからその活動が共有された。
「マインド・アクティブ社会」プロジェクトとは
まずは、冒頭「マインド・アクティブ社会」プロジェクトを代表して経済産業省の田口周平氏よりイントロダクションだ。田口氏によると、「マインド・アクティブ」社会とは
・一歩踏み出す、新しいチャレンジをする人が増え
・そのような人たちをネガティブにとらえるのではなく、小さなチャレンジであっても
称賛し、サポートする社会であると言う。
「自分の価値観、やりたいことやビジョンの実現に取り組む人は生産性も向上するという指摘があります。そのような『マインド・アクティブ』な人が増え、さらにお互いに応援するようになることが社会全体の活性化につながります」と田口氏は熱を込める。
続いて、大企業、大組織の中で、「マインド・アクティブ」に新事業・新プロジェクトを推進しているイノベーターからの報告だ。
ANA AVATAR プログラムで地球規模の社会課題解決を目指す 深堀 昂氏(ANAホールディングス アバター準備室 ディレクター)
ANAの「できるだけ多くの人々を結びつける」という事業目的
深堀氏は、現在、エアラインを利用しているのは、世界の全人口70億人のうち約4.2億人であり、わずか6%の人々が繰り返し搭乗しているだけだと指摘する。グローバル化が進むこの世界で、物理的には世界とつながっていない人のほうが圧倒的に多いのが実態だ。
このような中、世界を代表するエアラインの一つであるANAとしては、一層のエアライン利用者を地道に増やしていくのが普遍的な取り組みではある。しかし、深堀氏に言わせれば、もともとANAとて、2台のヘリコプターで人々をつなぐことから始まった企業であり、事業目的の抽象度を上げれば、創業当時から変わらず「できるだけ多くの人々を結びつけること」なはず。逆に言えば、その事業目的にかなうものであれば、利用するツールは、極端に言えば何でもいい。
このような考えに基づき、深堀氏が推進するのが奇想天外な「ANA AVATAR プログラム」だ。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、ロボット技術、センサー、ハプティックス(触覚)技術などを駆使したアバター(分身)を通じて、人が遠隔地の人と直接、コミュニケーションをとったり、様々な体験することが可能となるのだ。具体的には遠隔医療や災害救助など挙げられる。
こう言うと高度なテクノロジー話の延長のように聞こえるかもしれないが、もう少し想像してみて欲しい。アバターが遠く離れた観光地にいるとすると、そのアバターを動かして釣り堀で魚を釣ることだってできる。さらにアバターの触覚センサーを通して、釣った魚のぬめりまで感じることができるというわけだ。アバターをネットワーク化すれば居ながらにして、世界中どこでも動き回ることができる。まさに、誰もがかつて夢見たドラえもんの「どこでもドア」が実現しそうなのだ。
想像が少し膨らんだところで、同プロジェクトでは、アバターを通じた未来の活用法を様々な企業、機関と連携して推進することとしており、特筆されるのは、地球規模の社会課題の解決をめざし国際的なコンテストを手掛ける米XPRIZE財団とパートナーとなったことだ。プロジェクトでは、時間や距離、身体能力などの制限に関わらず“移動”を可能にする技術の開発コンテスト「ANA AVATAR XPRIZE」を2018年3月にスタートさせたという。
コンテストの賞金総額は1,000万ドルで2021年10月に優勝チームが決まる予定だ。このコンテストには北米、インド、日本などから70か国以上、600チーム以上がコンテストへの参加を申し込んでいるとのこと。
深堀氏はこのコンテストによってアバター開発を促進し、ANA AVATAR プログラムの実現を目指している。
背中を押した「君は何をするのだ」という問いかけ
深堀氏はANAの「できるだけ多くの人々を結びつけること」という創業の理念を掘り下げて考えた時、従来の仕事・業務だけでは限界があると考え、積極的に社外の人々と交流したそうだ。
様々なフォーラムに参加、多くの起業家、社会起業家と交流する中で、彼らからたびたび言われたのが「それで、君は何をするのだ?」という問いかけだった。これを受けて、人々との交流から得た情報やエンジニアとしてのバックグランドを活かして発案したのが「ANA AVATAR プログラム」だった。
著名財団との提携は、個人の熱意がスタート
米XPRIZE財団と提携による「ANA AVATAR XPRIZE」は「ANA AVATAR プログラム」を加速する大きな柱だが、深堀氏は米国マイアミまで出向きXPRIZE財団に直接、コンタクトした。何とかアポが取れたものの、急用でキャンセルされてしまった。手ぶらで帰る虚しさにもめげず、連絡を重ね、ようやくニューヨークで財団代表との面談を実現させ、「ANA AVATAR プログラム」で口説くことができた。
世界を代表するグローバル企業が提携を目指しているXPRIZE財団とパートナーとなれた要因の一つには、プロジェクト推進者である深堀氏自身のマインド・アクティブな熱意に他ならない。
空飛ぶクルマプロジェクトの第一人者 海老原 史明氏(経済産業省製造産業局課長補佐)
全く新しいモビリティーの実現に向けて
経済産業省は2018年12月20日「空飛ぶクルマ」の実現に向けてロードマップを公表した。海老原氏曰く、「2019年には 試験飛行・実証実験等の開始、2020年代には事業開始、2030年代には実用化の拡大を目指す。」
こちら「タケコプター」ならぬ「空飛ぶクルマ」とは、電動垂直離着陸型無操縦者航空機の通称とされる。大都市の渋滞を避けた通勤通学や、鉄道等の従来の交通手段が限られる地域や離島、山間部への迅速な移動、災害時の救急搬送や物資輸送などに活用されることが構想されており、まったく新しい交通手段として社会を変革することが期待されている。
「このような革新的な取り組みは、従来の社会制度、監督官庁、産業界などの縦割りの枠組みを超えたものとなり、実現のためには、技術革新はもとよりですが、プロジェクト推進のための体制作りから、新しい発想と行動が必要になりました」と海老原氏は言う。
組織の垣根を越えて有志でスタート
海老原氏は、現在、航空機産業政策を担当しつつ省内の若手有志で「空飛ぶクルマプロジェクト」を立ち上げた。動画「さぁ、空を走ろう。」を用いた将来像を各方面にプレゼンしたり、副業・兼業限定でチームメンバーを募る「週一官僚(週一日霞が関で官僚として働く)」を企画するなどその活動は話題を呼んでいます。ちなみに週一企画は、1,000名以上の応募があったという。
全く新しいプロジェクトを進めるに際しては、所管法令に従った省内の縦割り組織の壁がブロックすることを官僚として海老原氏は何度も経験しており、これが組織の垣根を越えた有志でまずプロジェクトをスタートさせた背景にあるとのことだ。有志で立ち上げたプロジェクトをベース拠点として、昼休みを利用するなど、他省庁や産業界へ働きかけて、プロジェクトを省庁、業界横断的なものに育てていった。
各省庁を代表する「新規事業部門」という熱意と自負
自省内のみならず他省庁を巻き込むプロジェクトは、従来の所管業務、規制等とどう調整を図るかという難しい問題が生じるが、このような障害を乗り超える意気込みのひとつには、「経済産業省」とは政府を代表する新規事業部門である、という熱意や自負だ。保守的なイメージが強い中央省庁においても、新規事業への熱意や自負があれば全く新しいプロジェクトを実行することは可能であると、今日、二人目のマインド・アクティビスト海老原氏は言う。
BASE Q、31VENTURESを立ち上げて気づいた、オープンイノベーションの 必勝パターン 光村 圭一郎氏(三井不動産株式会社 ベンチャー共創事業部 事業グループ 統括)
出版業界から異色の転籍、数々の新規事業に従事
今日3人目の光村氏は三井不動産初のインキュベーションオフィスや日本橋・三越前にコワーキングスペース『Clipニホンバシ』を開設、2015年には全社横断的な新規事業部門としてベンチャー共創事業部を立ち上げ、三井不動産の既存事業部門とスタートアップの連携を創出する共創活動に従事してきた、ミスター・オープンイノベーションとも言える方。
光村氏は、2018年にも東京ミッドタウン日比谷に『BASE Q』を開設し、大手企業のオープンイノベーションを支援するプログラムの提供を開始している。
建てるだけでなく使い続けられることが重要
光村氏は、もともと出版社だったこともあり都市開発を新しい目で見ている。三井不動産が数々の都市開発、ビル建設を行っていくなかで、現場にも出向してビル建設の模様、建物の内容をよく把握したそうだが、その際に得た認識は、ビル自体はどの建設会社が作っても大きな差異はなく、ビルもいわばコモディティ商品だということ。そのため、これからは建物がいかに長く使用されて残されていくかに着目すべきと考え、ハード的なメンテナンスはもちろん、建物の利用にあたっては、いいソフト・コンテンツがありコミュニティが形成されることが重要だと認識したそうです。
建物を「作る」から「使う」への転換はそもそも新規事業扱いに
いかに建物を長く使い続けていくかというテーマを掲げると、やはり開発がメインのビジネスである社内にあっては、マイナーな存在となり、そもそも新規事業として見られる風土があったと光村氏は言う。数々の新規事業を推進してきた光村氏ですが、自分の着目した取り組みを進めてきたことが、結果的に数々の新規事業となったとのことです。
1人、1社でやっていてはうまくいかない。社外との連携が重要
多くの新規事業を進めてきた光村氏だったが、最初は失敗の連続だったそうです。その苦闘のなかで実感したのは、やはり「1人、1社でやっていてはうまくいかない」ということだ。そのきっかけとなったのが2014年に日本橋に開設したコワーキングスペース『Clipニホンバシ』だった。
『Clipニホンバシ』は、準備段階から同じ志向を持った社外の人たちに参加してもらい、光村氏の発想だけでなく、その人々のやりたいことやアイディアを盛り込んで作り上げたもので、その結果、自分一人だけで発想するよりはるかに素晴らしい施設ができたという。これがまさに当時語られ始めていた「オープンイノベーション」だと実感。以来、三井不動産においては、課題解決や新規の取り組みに関してはオープンイノベーション的な対応を図ることが増え、三井不動産自体がオープンイノベーション型組織と目されるようになってきたとのことです。
光村氏は社外の企業と連携してオープンイノベーションの推進する中、ベンチャー企業と大企業が連携する場合、やはり、両者をつなぐ大企業内のイントレプレナーの存在が鍵だと気づいた。しかも、イントレプレナーが2人必要だ。ベンチャーのアイディアや構想に共感する「外交型イントレプレナー」とベンチャー企業との取り組みを組織内のコンセンサスや理解を得る調整を図る「政治型イントレプレナー」の両者がギアのように、大企業とベンチャー企業を連結していくことが、王道的成功パターンだと指摘している。
今回のイベントに登壇した3人のマインド・アクティビストの話で気づいたのは
・硬直しがちな大企業・大組織にあっても、変わっていこうという動きが顕在化してきていて、そういった若手の動きが潰されなくなってきていること
・組織内のイノベーターが、従来の組織の慣習、風土にとらわれない発想と熱意で自発的にコミュニティを形成し、自らの活動拠点を作っていること
・新規事業、プロジェクトの推進に当たっては、相手がベンチャー企業であっても気にせず社外、組織外の企業、人材との連携を積極的に行っていること
マインド・アクティブ社会を展望するとき、大企業、大組織でも変化が見られるようになるなか、もとより制約のない中小企業、ベンチャー企業、あるいは個人にとっては、うかうかしている場合ではないのではないか?