『官僚コースを捨て起業、複数会社の経営を経てたどり着いた“あえての会社勤め”という選択』 [後編]
前回に続き、今はfreeeで働く元起業家の川西さんに取材した回の続きです。
川西さんは東京大学在学中の22歳のときに起業し、わりと速攻でビジネスを軌道に乗せ、10年間経営を続けてきたガチの元経営者。そんな彼が人知れず悩み、苦しんでいたこととはいったい…?そしてfreeeにジョインした経緯とは?
川西さんのプロフィール 1983年富山県生まれ。東京大学法学部卒。在学中に友人らとWEBマーケティング会社を起業。自社の経営と並行して、他社取締役としての業務や一般社団法人設立・運営など複数法人の経営業務全般に従事。2016年5月よりfreeeに参画し、事業開発部のマネージャーとして従事。
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食える、食えないとは別次元の苦悩
――起業に成功したものの、理想と現実のギャップに苦しんだって話されたじゃないですか。当時のことをもう少しくわしく教えてください
本当にやりたいことがあるのに、別のことをすることに甘んじてしまっている自分へのいらだち……ですね
――その感情って、誰にも言っていないですよね?社員の誰かに指摘されて苦しむってことではなく、自分の脳内だけで悶々としていたんですよね?
そうです。一人で自問自答して一人で苦しんでいた時期でした。このまま今の仕事を続けて社会にインパクトを残せるのかなーっていう、漠然とした不安です
――食えるとか食えないとかって話とはまったく別次元の悩みですね
はい、別物の悩みです
――社長の悩みって、いろいろあるんですね
起業してみないと気づけないタイプの苦悩ですね。まあ、どんな経営者もなんらかの理想と現実の乖離に苦しんでいる思いますよ。乖離があるのは苦しいことだけど、ぜんぜんないってのもそれはそれで理想が低すぎるってことで問題ですし
――で、悩んだ末、どうしました?
理想と現実のギャップに悩み抜いた末、社長を退任して、取締役として経営に参加しつつ、地元の富山県で一般社団法人を作りました
――一般社団法人??
地元の富山に一般社団法人を作った
――一般社団法人ということは、非営利?それにしても、ギャップのある転身ですね
「スポーツを通じて社会に貢献したい!」という思いが沸き上がってきたんです。国の福祉保険にかかるコストを下げるには、健康寿命と寿命を近づけることが大事なんです。健康である期間を長くできればできるほど、社会福祉のコストが軽くできます。そのためには、スポーツを習慣化することが大事でして
――国はスポーツ人口を増やしたがっているってことですか?
そうです。その手段として、田舎ではする機会の少ないスポーツ施設や子供向け・老人向けのアクティビティを広めようと思ったんです
――たとえばどんな活動を?
空手教室、バスケ教室などのスポーツ教室や、元オリンピック選手をゲストに招いてイベントをしたり、ですね
――ゲスなことを聞きますが、非営利団体の運営で生計は立つものですか?社会の役に立ちたいって心意気だけでは生きていけないですよね
自分で作った会社は辞めずにトライしています。仮にうまくいかなかったとしても、なんとかリカバリーができるセーフティネットは整えたうえで飛び込みましたよ
――なるほど、なりふり構わず、夢だけ追ってチャレンジしたわけじゃないんですね
ええ、猪突猛進のイチかバチかなチャレンジは好ましくないです
座右の銘は、「健康と家族より大切な仕事は、たまにしかない」
――新規事業の立ち上げ、起業、一般社団法人の立ち上げを通じて、「ひとり1カンパニー制」の考えに至ったのが徐々に理解できてきました
前回も話したように、やりたいことがある人は、ばんばん会社をつくちゃえばいいと思っています
――左脳では理解はできるんですが、右脳が完全に受け入れられていない自分がまだいます(笑)
この考え方の前提は、誤解を恐れずにいえば、法人を持つことの不利益は特にないということなんです。人生が制約されるわけでもないし、極端な話、会社を作って、勝負できるタイミングがやってくるまで放置しておいてもいいんです。機が熟したらやればいい。
――そうは言ってもですよ? 起業がポシャってしまうリスクも考えるべきかと
リスクを2種類に分けて考えればいいんです。今の時代、失業したって食い扶持はなんとかなるし、決定的な命取りにはなりません。これは問題のないほうのリスクです
――仕事を選ばなければ、生きていくことはできるって意味ですね
とはいえ、最低限のセーフティーネットは自分で用意しておくべき。金銭的なことだけではなく、自分の自由、権利といったことも考慮しておく
――ええ、伸るか反るか、イチかバチかの賭けは怖すぎます
逆に失っていけないのは、「信頼・家族・健康」でして、仕事に打ち込みすぎて体調を崩したり、家族をないがしろにしては本末転倒です
――たしかに。命あっての物種ですし
だから私は、「健康と家族より大切な仕事は、たまにしかない」という座右の銘を掲げています。ほとんどの仕事は健康と家族より重要ではないです。もし、そのたまにしかないほど重要な仕事に出会えたら、全力でコミットすればいいんです
――ふむふむ
私が22歳だった頃は、起業の結果がどう転んでも構わないと思っていました。3年打ち込んで失敗して無一文になったとしても、まだ25歳だからですね、再起のチャンスはいくらでもあります
「官僚コースを選んでいれば…」と考えたことはある
――再びゲスな質問ですが、起業ではなくお父さんが望むエリート(官僚)コースを進んでいたら…と思うことはないですか?
もちろん、今でも思わないわけではないです。あのとき違う選択をしていたら、今頃はまた違った意味で充実した生活が送れていたかもしれないとは
――やっぱり、よぎる瞬間ってあるんすね……
特に、起業まもないお金のないころは強烈に感じました。リーマンショック前だったので、外資系金融に勤める友人らは軒並み高給取り。正直に言いますけど、めちゃくちゃうらやましかったです(笑)
――正直に答えてくれてありがとうございます(笑)
悪いことに、2006年に証券取引法違反事件でホリエモンが逮捕されたことで、「ベンチャー経営者=胡散臭い人間」ってイメージが定着した時期で、合コンでもさっぱりモテなかったし(笑)
――どうやってその「官僚コースを選んでいれば…」って感情と折り合いをつけました?
まあ年齢を重ねて、己の限界が見えてきたり、苦楽を含めた起業・経営のやりがいを経験するうちに、徐々に受け入れたと言いますか(笑)
――でも、起業したことは後悔していない?
全然。起業してよかったと心底思ってます。自由、自立、何者かに依存せず生きてこれたのは、経営者だったから味わえたことですし、経営者という火の粉のかかる最前線で仕事をしてきたって自負もあります
複数の会社を経営して、freeeにジョインした理由
――私のオトンは40年間会社を経営していますけど、会社を10年間単位で続けるって、すごいことだと思いますよ
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ただ、10年間経営をしてきて、徐々に「自分は時代遅れなのではないか」「経営者として、今後通用しなくなるかも」って恐怖を感じ始めるようになりました。たしか2013年でしたかね
――3年前ということは、その後の3年間ずっと苦しんでいたってことですか?
そうです。長い間悩みましたけど、ウジウジしてても仕方ないので、考え方を変えました。「心の底から学びたい」って思える会社があれば面接しにいってもいいんじゃないかと。会社勤めをしたことがない自分にとっては、面接って他の会社のことが直接わかる絶好の機会ですし
――10年間経営者だった人が、ある日を境に「会社勤めしよう」って考えて、すんなり気持ちを切り替えられるものですか?
実は、活動前はすごくビビッてました。会社経営しかしたことのない自分が、30歳を越えて一社員として働けるのだろうか。プライドが邪魔をしないだろうか、とか
――その感情はなんとなくイメージできます
人生で初めてサラリーマンになるという決断をする前にプライドは捨てて、謙虚な気持ちでゼロからチャレンジしようと決意を固めました。当時経営していた会社でfreeeを使っていたので、社名とサービスは知っていたんですね。で、freeeのバックグラウンドを知るうちに、「ここで働きたい!」という気持ちになりました
――面接で訊かれませんでした?「経営者しかやったことないみたいですけど、本当に大丈夫ですか??」って
すごく訊かれました(笑)。そこはしっかり想いを確認しあって、今日に至ります
――5月にジョインされたってことで、1か月半が過ぎましたが、感想をひとこと
まだ自分自身でインパクトある仕事ができていないのがもどかしくも、充実した日々ですね。どうしても経営者目線が抜けないので、もう一人の自分が今の自分に激しくダメ出ししている感じです。「もっといい仕事しろ、オレ!」と(笑)
――その経営者目線って貴重な武器なわけで、いいことじゃないですか
『会社設立freee』が便利すぎてビビる
そういえば、freeeに入ってから知ったのですが、『会社設立freee』ってめちゃくちゃ便利で、ビビりました(笑)。2005年に法人登記したとき、税理士さんにお願いしたり、ハンコ作ったり、手続きにけっこうな時間がかかったのを覚えています。費用も30万円ほどかかったっけ……
――登記って提出資料が多くって、手続きが面倒ですよね
メチャクチャ面倒でした。渋谷のNHKのそばにある法務局で登記したんですけど、オフィスから遠くて……坂道をてくてく登って法務局に行き、書類不備があって坂を下って、オフィスのあった宮益坂を登り…って行ったり来たりを繰り返しましたね
――『会社設立freee』ならカンタンにできてしまいますよね。しかも無料
初めて見たとき、「えっ!タダで会社設立できちゃうの!?」って衝撃を受けました。10年前とは隔世の感があります。…自社サービスを褒めまくるのもアレな感じですが(笑)
――これくらいにしておきましょう(笑)。貴重な起業経験談、ありがとうございました!