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2017年08月22日(火)

聴覚障害のある税理士がコミュニケーションの壁を超えるために日米でもがいた結果見えてきたもの

経営ハッカー編集部
聴覚障害のある税理士がコミュニケーションの壁を超えるために日米でもがいた結果見えてきたもの

前回の記事では、聴覚障害がある私が公認会計士になり、監査法人でどのように働いていたかについて述べました。スタッフとしての職分であれば個人レベルの創意工夫と努力でコミュニケーションの壁は乗り越えられましたが、「海千山千の経営者と伍していくには、聴覚障害のハンデは大きいかもしれない」と考えるようになりました。

>> 前回記事「聴覚障害があったから税理士になったけれど、税金実務はコミュニケーションが極めて重んじられる世界だった

一流になりたければ、経営者とのコミュニケーションができるようにならねば」と強く感じた私は、監査法人を退職してアメリカに留学し、コンピューターサイエンスを学ぼうと決意しました。

今回は留学生活とその後のお話しです。

プログラミング習得のために米国留学するも、早々に頓挫

監査法人では、聴覚障害者でもできる範囲でコミュニケーションを突き詰めていましたが、監査の世界でも、上位の役職者ほど経営者とのコミュニケーションが重要になります。

つまり、聴覚障害者であっても、経営者と満足にコミュニケーションをとれるようになる必要があると感じました。

私が目指したのは、電話や会議の場面でぶつかる壁を音声認識のテクノロジーで打破することでした。具体的には、アメリカでソフトウェアエンジニアリングを学び、音声認識のソフトウェア業界に飛び込むことです。Google voiceやSiriといった音声認識技術こそがこれからの自分に必要だと思ったのです。また、音声認識の技術は、自分以外の聴覚障害者にも大きな力になるとも考えました。

カリフォルニア州のサンフランシスコとニューヨーク州のロチェスターの大学で学びました。実はこの挑戦は、私のプログラミングセンスのなさや留学費用の関係で、志半ばで断念してしまいました。私はプログラミング(コーディング)を学びに行ったのですが、そこはそもそもコーディングはできて当然の環境で、その能力を使って何を作るのかを学ぶ場所でした。授業中に必死にコードを書く私の横で、ポテトチップスを食べながら、ゲームを自作しているクラスメイトを見てレベルの差に愕然としたものです。

このように私の留学挑戦は幕を下ろしたわけですが、しかしアメリカでとても重要なことを学びました。

それは、「コミュニケーションは、必ずしも自分ひとりで成立させる必要はない」ということです。周り人の言っていることがわからないのであれば、手話通訳やパソコン通訳の人と一緒に行動すればよいのだと学びました。

アメリカの沿岸部はリベラルな都市が多く、マイノリティが生活しやすい環境です。聴覚障害者が生き生きと当たり前のように活躍していました。手話通訳者も生活できるだけの収入を得ており、社会的に重要な存在となっていました。アメリカへの留学は、「誰かと一緒に仕事をすることで障害のハンデは乗り越えられる」と私に教えてくれました。テクノロジーの最先端の国は、人と人が補い合うことに関しても多くのことを教えてくれました。

独立後の顧客とのコミュニケーション(表に出る専門家として)

アメリカに留学する前は、「日本では、物理的な壁を乗り越えないと上には行けない」という思いを抱いていましたが、帰国後は、「一人で無理であれば、誰かと一緒に乗り越えればよい」という考え方にパワーアップしました。自分の周りをアメリカに近い環境にしようと思いました。

その後、地元の神戸にある会計事務所で税理士としてのキャリアをスタートさせました。そこでは、監査法人時代と全く違うコミュニケーションが行われていました。経営者と税理士が、対等な立場でコミュニケーションをとっていたのです。

監査法人時代は、サラリーマン同士の実務的なコミュニケーションが多かったのですが、町の税理士になると、経営者とのコミュニケーションの場が急増しました。顧客が税理士に求めることは、税務会計の相談はもちろん、ビジネスからプライベートに至るまで、良き相談相手であることです。特に、経営者のビジネスの相談相手になれることが一番重要だと思います。

監査法人時代の顧客は業界のトッププレイヤーが多く、ビジネスモデルを確立している会社が多かったのですが、税理士として関わる経営者の多くは、規模が小さく、常に新しいビジネスをしようとされていらっしゃいます。そのため、彼らが始めようとするビジネスについて、しっかりと的確に判断し、助言する必要があります。そこではエクセルを用いた数字によるコミュニケーションはそこまで求められず、むしろ口頭によるコミュニケーションが重要になります。

固定資産や保険商品を購入した場合のように、イレギュラーな取引について仕訳を助言することはありますが、経営者の多くはそこに関心はありません。税務会計の処理は当たり前にできている前提で税理士に任せてくださいます。経営者の方が求めているのは、経営のサポートです。経営者は、売上及び利益を伸ばすことを追及しています。

 

補い合うことで「1+1=2以上」にするというコミュニケーションスタイル

実務では、記帳代行、給与計算といった日常業務に加えて、決算予測では月々の試算表をもとに期末の利益を予想し、それに対して固定資産は今期購入すべきであるといった節税策を立案し、顧客に伝えます。また、新しい税制が出てきたときには、顧客にその税制が適用されるかどうかを確認し、情報を提供します。

所得拡大促進税制のような税制は、ベンチャーのように成長中の企業は適用できることが多いのですが、その判定のプロセスが非常に複雑です。このような場合は必要となる資料をこちらでピックアップしたうえで、顧客に依頼しています。その後、こちらで全て計算した上で、エクセルシートを用いて顧客に説明します。

ただ、経営者の関心は基本的には税額控除額にあるように思いますので、詳細なプロセスは経理担当者に説明することが多いです。

私は聴覚障害がありますが、読唇術ができるので健常者との1対1のコミュニケーションには特段の支障はありません。事前にきちんと資料を準備し、伝えるべきことをメールで送付、あるいは紙に打ち出したうえで、経営者とのコミュニケーションに臨んでいます。そのため日々の業務においては、電話以外はコミュニケーションの壁はないように感じています。

ただし、上記で述べたように会議が苦手であるため、会議の際は健常者のビジネスパートナーと一緒に会議に臨んでいます。会議の中で質問が出た場合は、ビジネスパートナーと協力して回答しています。仕事の上で、顧客に迷惑が掛からないよう万全の体制をとることができています。

独立後は、自分が聴覚障害者であることから、聴覚障害者の方の相談に乗ることも多くあります。聴覚障害者の方は、私にとってはコミュニケーションが取りやすく一緒に仕事がしやすいです。ホワイトボードや紙を使って説明し、手話を交えてコミュニケーションをとっています。説明を書く癖をつけることで、健常者の顧客にも書いて説明する癖がつきます。

また、紙に書くことで自然と書くことをベースとしたコミュニケーションになり、私にとって聞き洩らしのない状況を作ることができます。口で説明しようと思うと難しいことでも、紙に書くと案外簡単に説明できるものです。仕訳の説明が典型的な例でして、「聴覚障害も武器になるんだなぁ」と感じています。

私が尊敬している方に、聴覚障害を持つ弁護士の先生がいらっしゃいます。彼は自分で手話通訳を雇って、手話通訳と常にコンビを組みながらお客様の相談から裁判まで健常者と遜色なく渡り合っています。一人では不可能でも、補い合うことで1+1を2以上にすればよいということに気づかせてくれました。私も手話通訳を雇うなど、新しい働き方に挑戦してみたいと思っています。

渋谷で独立して、経営者の方とのコミュニケーションを取る機会が増えてきた今、税理士にとって最も大事なことは、会社と税制の両方をキチンと理解していることだと思うようになりました。それができていれば、コミュニケーションの手段は特に問題になりません。専門家として注力すべきは、耳が悪い中でいかに音声情報でコミュニケーションを取っていくかではなく、「顧客のビジネスの理解、税制の掌握、そしてそれを顧客に正確に伝えること」なのです。

ただ、聴覚障害者の場合は、会社と税制の理解ができているということをまず理解してもらうことが難しいのです。お客様と1対1のコミュニケーション機会を増やすことや、健常者のビジネスパートナーと一緒に会計事務所を運営することでこの壁を乗り越えています。

現代ならではのコミュニケーション

最近はfreeeを始めとした、クラウド会計ソフトを利用する顧客も増えてきました。このような会計ソフトは、聴覚障害者の税理士としては非常に助かります。なぜなら、日常的にお客様から仕訳についての相談を受けるのですが、電話ではなくクラウドを使って“仕訳”でコミュニケーションが取れるからです。あるべき仕訳に修正したうえで、なぜそのような仕訳になるのかを顧客にメールで伝えています。Chatworkのようなアプリを使うと、メールよりもスムーズにコミュニケーションをとることができます。

クラウド会計ソフトの登場以前は、顧客に訪問して、領収書や伝票を見ながら仕訳を修正していく…という仕事の進め方でした。今はお客様が質問のある仕訳に関するPDFをメールで送ってくれるので、事務所にいながら、電話を使うこともなく仕訳を修正できます。新しいテクノロジーによる仕事の改革は、基本的にはバリアフリーの方向に向かっていると思うので、どんどんテクノロジーが発展してほしいと願っています。

その他にも、聴覚障害者が電話をするときに、通訳を介することができるというサービスがあります。日本財団のサポートで運営されている「リレーサービス」という仕組みです。役所へ問い合わせるようなときに、このようなサービスも利用しています。もちろん、情報の取扱いには細心の注意を払っていますが、税務署などへの簡単な質問はリレーサービスを利用しています。

大企業では守秘義務やコンプライアンスの関係でなかなか利用許可が下りないかもしれませんが、独立しているのでそのあたりは柔軟に対応しています。このようなサービスは、積極的に使っていくべきだと思います。

まとめ

一人ではできないことでも、誰かの力を借りることで、乗り越えられます。1+1を2よりも大きくする努力が大切です。そして、それはビジネスの上でも必要な考え方です。

税理士にとって大切なことは、充実したサービスがお客様に伝わることであって、音声情報の土俵でのハンデはテクノロジーを使うなどの工夫で補えます。税理士が注力すべきは、お客様のビジネスと税制の理解なのです。

84年生まれ、神戸育ち。聴覚障害を持つ東京在住の公認会計士/税理士。 兵庫県立長田高校、早稲田大学社会科学部卒。 監査法人で会社法監査、金融商品取引法監査、システム監査、米国基準監査等の監査に従事。カリフォルニア州のコミュニティーカレッジ、ニューヨーク州のロチェスター工科大学へ留学。帰国後は、神戸の税理士法人で法人税、所得税、消費税、相続税、印紙税、事業再生の経験を積み、渋谷ですいな綜合会計事務所の共同創業者になる。

人事労務freee

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