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2019年07月20日(土)

企業価値とは?多様化するステークホルダーと企業価値向上の進め方

経営ハッカー編集部
企業価値とは?多様化するステークホルダーと企業価値向上の進め方

企業価値とは?と聞かれると、まずどんなイメージを持たれるでしょうか?企業価値はもともと投資やM&Aの判断時に妥当な金額を算出するために用いられる概念でした。しかし、最近ではESG投資や、SDGsへの社会的な認知も高まり、企業は単に金融資本の価値を増やせばよいと言うことではなく、株主のみならず、顧客、従業員、取引先、地域社会や地球環境においても責任を果たすことが求められるようになってきました。こういった変化を踏まえ、多義的になってきている最近の企業価値の意味合いについて考えてみたいと思います。
 

企業価値(狭義)とは

企業価値は、投資や出資、M&A、事業(会社)の清算など、もともとは会社経営の経済価値を表す用語として使われていました。したがって、必然的に金額として表されるものになります。それでは、企業価値についてどのような見方があるのでしょうか、代表的なものをいくつか見ていきます。
 

一般の株式投資家から見た企業価値としての時価総額

上場企業については現在の企業価値を量る最も馴染みのある指標として、時価総額(株式価値)があげられます。現在の株価×発行済み株式数で簡単に割りだされ、時価が刻々と表示されるものであるため投資を行うにあたっての価値判断に役立つものとなっています。しかしながら、時価総額は多くの投資家が当該企業の株価が上がる(あるいは下がる)であろうという期待値を合算したものであるため、実際の価値とは乖離していることが普通です。企業が新商品を発表したり、あるいは不祥事を起こしたりすると、価値が乱高下するとともに、景気による投資家のマインドによっても、価値が変わってくるという側面を持っています。
 

資金の提供者から見た企業価値

資金の出し手(債権者および株主)から見た企業価値は、株主が持つ株式と金融機関などの債権者が持つ有利子負債とを足したものを意味します。この価値はEV(Enterprise Value)とも言い、EV=時価総額(株式価値)+有利子負債−現金及び現金同等物で算出します。
 

 事業承継やM&Aを行うにあたっての企業価値

一般の中小企業の事業承継やM&Aを行うにあたっては株価の算定が必要なため企業価値を評価する必要があります。この時の企業価値は、事業用資産の価値と、事業には直接関係のない非事業用資産(現金預金、有価証券、貸付金、遊休資産)の価値の合計額を指します。
 
以上のように、企業価値は誰が(どのステークホルダーが)評価するかによって、評価方法が違うということになります。
 

評価方法から企業価値を知る

企業価値を評価する方法を詳細に見ていくことで企業価値が何であるかを理解することができます。企業価値の評価方法にはアプローチの違いから大きくわけて3つの方法があります。
 

コストアプローチ

コストアプローチとは、企業の保有資産を再構築、あるいは処分する際に必要となるコストに注目した計算方法です。コストアプローチには、以下の3種類の方法があります。

簿価純資産法 貸借対照表上の純資産の合計額を企業価値とする方法。
時価純資産法 貸借対照表の資産と負債を時価評価して時価純資産額を算出し、
債務を差し引いたものを企業価値とする方法。
清算価値法 投資に失敗した際などに、当該企業を清算(解散)した場合に株主が
得られる金額としての価値を評価する方法。

これらの方法は、企業価値の算出は簡単にできるメリットはあるものの、簿価が正しい資産価値を表しているとは限らない可能性もあります。コストアプローチは将来の成長性を考慮したものではないため、企業の清算や相続財産評価のときに用いられます。相続財産としての株式は、国税庁が定めている「財産評価基本通達」に従い評価することになります。
 

インカムアプローチ

インカムアプローチとは、評価対象企業が将来生み出すキャッシュフローを、その実現の際に発生するリスクなどを考慮にして算出された割引率で割り引くことにより企業価値を算出する方法です。したがって、将来成長が見込めるベンチャー企業の価値評価などに活用されます。
                                                      
インカムアプローチにはDCF(ディスカウントキャッシュフロー)法と、配当還元法の2つの方法があります。なお現在では、前者のDCF法が主流となっています。

DCF法
将来生み出す収益やキャッシュフローに基づいて企業価値を算出する方法(※)
配当還元法
(収益還元法)
将来の各期に期待される配当額の総和から企業価値を算出する方法。

(※)DCF法
DCF法による企業価値はその企業が生み出す将来のフリーキャッシュフロー(FCF)に基づいて算出されます。
 
DCF法では、事業計画を作成して将来のキャッシュフローを予測することから始めます。将来的に企業の生み出す収益を基準にして評価を行うため、事業計画には高い精度が必要となります。
 
手順は以下のようになります。
① 事業計画を作成し期待されるフリーキャッシュフロー(FCF)を予測
② FCFを一定の割引率によって現在価値に還元、当該企業の「事業価値」を算定
③ 「事業価値」に事業に供されていない「非事業用資産の価値」を加算
④ 「企業価値」から「有利子負債の価値」を減算
 
メリットとしては、経営改善効果やシナジー効果などといったM&Aによる企業価値の増加を反映させることができる点があげられます。他方、デメリットとしては、事業計画による将来キャッシュフローの予測や、リスクを見積もる割引率をどの値に設定するかで結果が大きく異なり、客観性の確保が困難という点があげられます。
 

マーケットアプローチ

マーケットアプローチとは、比較対象となる同業他社の評価を参考に企業価値を算出する方法です。この方法には、評価の際に株価の要素を加味した上で計算するという特徴があります。マーケットアプローチには、以下の2通りの方法があります。

類似企業比較法
(マルチプル法)
評価対象企業の任意の指標の数値に、類似企業の株式時価総額を
任意の指標で除して算出した係数を乗じて企業価値を算出する方法(※)。
類似業種比較法 国税庁が指定するデータや係数を使って算出する方法である「類似業種
比準方式」はこの評価方法の一つになります。

マーケットアプローチは簡単に素早く企業価値を算出したいときには便利ですが、前者は使用する係数により価値が大きく変化すること、後者はもともと相続評価に用いられる方法であることから、通常ビジネスにおける企業価値評価にはあまり使えないものとされています。
 
(※)類似企業比較法(マルチプル法)
類似企業比較法(マルチプル法)は、評価対象企業の類似会社にあたるEV(前述)と、EBITDA(営業利益または経常利益+支払利息-受取利息+原価償却費)により企業価値を算定する手法です。どの企業を“類似”と見るかにより評価結果が大きく変わるため、類似企業の選定に注意を要します。
 
類似会社比較法の企業価値計算はEV÷EBITDAによって算出します。
 

企業価値向上のメリット

 金融資本としての企業価値を向上させることで、企業にはさまざまなメリットが生まれます。
 

金融機関からの融資を受けやすくなる

銀行などの金融機関にとって企業価値の高い企業とは、自己資本が多く、かつ将来キャッシュフローを多く生み出すことができる企業のことです。金融機関は貸したお金をきちんと回収できることが必須であるため、回収確率が高いことが重要になります。そこで、借入が必要な企業は、自己資本の充実や、キャッシュフローの増大を日ごろから意識しておく必要があります。
 

出資の受け入れに優位に立てる

企業価値の向上は、資本政策にも優位に働きます。高株価を保っていると他者から出資を受けてもシェアを奪われずに済みます。つまり、大きな資金を呼び込みやすいということになります。
 

M&Aで有利になる

企業価値の高い企業は、M&Aの交渉にも有利になります。自己資本が多いことによって、吸収合併などの際に株式交換を行うときなど、交換比率が優位になり、手持ち資金が少なくて済みます。また、企業価値を高く保つことで、企業を買収から防衛することにもつながり、安定的な経営ができます。
 

企業価値(広義)とは

ESG投資における年金基金などの株式長期保有型の機関投資家の要請やSDGs活動の活発化によって、企業の社会的責任が強く意識されるようになってきています。したがって最近では企業価値が社会的な価値も含めて考えられるようになってきました。また、日本におけるコーポレートガバナンスコードの施行にともない、統合報告書の作成も求められるようになってきており、ステークホルダーにとっての企業価値向上という意識も高まっています。この中で、すべてのステークホルダーに対し中長期的に企業価値をどう増加させていくのかと言った観点での企業価値の向上とその説明が求められるようになってきました。
 

ESGへの対応


2015年、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が環境・社会・ガバナンスの問題に取り組む企業に投資を行う「ESG投資」を推奨する国連責任投資原則(PRI)に署名したことをきっかけに、ESG投資に関心を持つ投資家が増えてきました。そのため、投資家から資金を調達する際には、ESG課題への対応を行うことで企業価値が高いと評価されて資金調達がしやすくなると考えられます。
 
参考:ESG投資とは?経営改善に活かす企業のESG投資への対応

あらゆるステークホルダーを意識した企業価値を表現する統合報告書の作成


ESG投資の活発化や、コーポレートガバナンスコードの施行により、上場企業は株主との対話が求められるようになってきました。この過程で、財務情報のみならず、事業戦略やコンプライアンス遵守状況、環境問題・社会問題に対する取り組みといった「非財務情報」を含めた情報開示(統合報告)が求められるようになってきています。実際に、統合報告を実施している企業の方が実施していない企業よりもESG指数に選定されやすいとの結果が出ています。また、統合報告を実施しているグループは実施していないグループに比べてESGスコア(格付け換算値)が高いとの結果もでています。(※)このことから、非財務情報を含めた情報開示を積極的に行うほうが、企業価値の評価は高くなることがわかります。
 
※:生田 孝史「価値創造のための企業価値評価のあり方-ESG 対応から戦略的活用へ-」『研究レポート』No.460, 2018.6
 

企業価値とIIRC(国際統合報告評議会)フレームワーク

上場企業が統合報告を行うにあたって、あらゆるステークホルダーに対しての価値創造プロセスを可視化するための国際的指針を出しているのが世界的なNGO組織であるIIRCです。IIRCでは、投下した金融資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会資本、自然資本が、事業活動によってどう増大しているのかという価値創造プロセスをストーリー性をもって説明できるようIIRCフレームワークを提示しています。
 

p.15図
 

価値創造ストーリーを統合報告で可視化している事例

2018年WICIジャパン統合報告表彰 統合報告優秀企業大賞
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社

P.14~15に全体図の記載があります。

本表彰は事業報告の簡潔・明瞭化により事業体のステークホルダーとの双方向コミュニケーションを高め、事業体と社会の持続可能性を向上させようとする国際統合報告評議会(IIRC)の活動を、日本で推進するために設けられた表彰制度。

 

企業価値と経済産業省の「価値協創ガイダンス」

経済産業省においても、価値協創ガイダンスを提示し、企業がどのように企業価値を高めていっているのかをステークホルダーに説明できるガイドラインを提示しました。本ガイダンスは、企業と投資家が情報開⽰や対話を通じて互いの理解を深め、持続的な価値協創に向けた⾏動を促すことを⽬的としています。
 

企業価値とコーポレートバリュー

コーポレートバリューは、企業の価値観とその実践方針を示した、従業員を主体とする価値創造活動を明文化したものです。これにより企業は内外に企業価値を高めることを宣言することで、価値創造活動に積極的に取り組むことが可能になります。コーポレートバリューを継続的に実践することにより、あらゆるステークホルダーに対しての企業価値の創造を組織の文化として定着させることができるようになります。
 

まとめ

今まで見てきたように企業価値を金融資本の充実だけでなく、あらゆるステークホルダーに対しての価値創造ととらえることで、より社会の中でのサステイナブルな企業の役割が明確になってきます。そして社会の公器としてふるまうことで従業員のモチベーションも上がり、結果として業績向上につながることが今日的な経営に求められているのではないでしょうか。

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