製造業の経理の特徴、資金繰りのコツをわかりやすく解説
製造業における経理は、製造にかかるコストと製造以外の営業活動等にかかるコストを適正に区分し、どこまで正確な損益計算ができるかが課題となります。一般的に、資金繰りの適正化も適正な経理処理が前提になりますので、設備投資が多く原価管理が必要な製造業においてはさらにその経理処理は複雑化し難易度が高くなります。
製造業の経営管理について経理と資金繰りを中心にその概略と押さえておきたいポイントを解説します。
1.製造業の経理
(1)工業簿記
製造業の経理では、記帳方法として商業簿記ではなく工業簿記が適用されます。 ・商業簿記の記録対象とする経営活動…『商品の仕入れ→販売』 ・工業簿記の記録対象とする経営活動…『原材料の仕入れ→製品の製造→販売』
工業簿記では製品の製造原価を計算する原価計算が必要となり、財務諸表の一つとして「製造原価報告書」を作成します。原価計算は非常に難しく手間もかかるため、その作業に特化した“生産管理課”などの部署を社内に設けるのが一般的です。また、製造業の資金繰り管理は原価計算を行っていることが前提だと言えます。
(2)商的工業簿記と工業簿記
商的工業簿記は、煩雑な原価計算を避けるための簡易的な簿記と言われています。製造活動に関する経理処理が大幅に簡素化されているため手間はかからないものの、製造業における経営管理にとって重要な原価情報が得られないという致命的な欠点を有しています。
(3)原価計算とは
原価計算とは、製品一個を作るためにかかった経費(原価)を算出するための計算技術です。狭義の原価計算では原価は材料費、労務費、経費の3要素で集計・計算されます。通常の記帳技術である複式簿記に組み込まれており、実践規範として「原価計算基準」が1962年に大蔵省から公表されています。広義には、より積極的な経営管理手法である損益分岐点などを算出する直接原価計算も含まれる概念とされています。一般的に原価計算といえば狭義の原価計算を意味します。
※原価計算の代表的な分類
a)製造形態による分類
・個別原価計算…製品ごとに個別的に経費を集計して計算
・総合原価計算…製造にかかった経費の合計額を完成数量で除して計算
b)原価計算制度による分類
・標準原価計算…経営上の理想的な“標準原価”を用いる
・実際原価計算…実際に支出した経費額を使用して計算
c)原価の集計範囲の違いによる分類
・全部原価計算…製造に要した経費全てを製品原価の対象として計算
・直接原価計算…変動費のみを製品原価の対象とし、管理会計的要素が強い
(4)原価計算の重要性
商的工業簿記が、製造コストを総合的に把握するのみの経理方法なのに対し、原価計算は製品一つあたりの製造コストの把握にとどまらず、作業効率の向上や価格戦略に有意義な情報が得られます。また、生産途中の仕掛品や副産物なども別途計上するため利益計算がより適正化されるなど、経営管理の上で必要不可欠な計算技術です。
(5)実際原価計算と標準原価計算
実務上は標準原価計算か実際原価計算か、の制度的な分類視点から理解することが大切です。
①標準原価計算の概要 目標とすべき原価の標準価格(標準原価)を設定し、実際にかかった製造コストとの比較・差異分析を通じ、生産性向上や原価低減を実現させうる最も優れた原価管理手法です。ただ、標準原価の計算が難しい上に、為替相場、原油価格や製品相場の変動などの様々な原価変動要因を織り込まなければ有効性が低下するため、適宜見直しが必要となり手間もかかります。市場動向の変化が大きい現在の社会情勢の下では不向きとも言われています。
②実際原価計算の概要 実際に生じた製造コストに基づき製品原価を算出します。ただし、期中は主に過去の実績に基づく予定価格で計算し、実際に生じた製造コストとの差額を合理的な方法で期末や月末に売上原価と棚卸資産に配分します。予定価格を使用するため計算が簡略化でき原価も平準化されるため作業能率の良否判断も可能となります。標準原価計算ほどではないにしろ、予定価格と実際価格の差異分析を通じ経営管理に有益な原価管理ができます。
標準原価計算と予定価格を用いた実際原価計算の最も大きな違いは、標準原価が消費数量や消費時間等に関しても目標値を用いて計算するのに対し実際原価計算は実際の消費数量や消費時間に基づき計算される点です。
(6)直接原価計算で損益分岐点を把握する
①直接原価計算 標準的原価計算や実際原価計算などの伝統的な原価計算では得られない原価情報を得るための原価計算方法です。管理会計や意思決定会計の分野にも属します。伝統的原価計算で製品原価の構成コストとされる『材料費・労務費・経費』という分類の仕方から離れ、経営活動によって生じたコストの全てを変動費と固定費という視点で分類し、変動費のみを製造原価として集計します。固定費はその期間に必要とされた経営活動全般に関わるコストという位置づけになります。直接原価計算の目的はCⅤP分析を行うことで、より戦略的な経営管理、原価管理を行うことにあります。
②CⅤP分析 原価(C)、販売量(V)、利益(P)の相互関係を数値的に把握し、目標利益を達成するためにどれだけの売上高が必要か、などの経営判断に必要な情報を算出します。まず損益分岐点の意味を知ることが重要です。損益分岐点は営業利益が赤字にも黒字にもならない売上高を意味し、以下の計算で算出されます。
a)限界利益(貢献利益)=製品1個当たりの販売価格-製品1個当たりの変動費
b)その期間の固定費
c)損益分岐点= 固定費(b)÷限界利益率(a)
※売上高-(変動費+固定費)=営業利益
実際の売上高が、損益分岐点として算出された売上高を下回れば営業赤字になり、上回れば営業黒字になるという理屈になります。個々の製品の限界利益と会社全体の損益分岐点を把握しておけば、利益目標を達成するためにどの製品をどれだけ売るかという販売計画や採算性の判断に役立つことになります。
また、このCVPの関係性を基本として変動費率、限界利益率、安全余裕率など有益な係数が導き出されるため、それらを利用すればさらに多面的に経営上の意思決定に応用活用できることになります。
③固定費と変動費の分解
このように、非常に有益な直接原価計算ですが、その前提となる固定費と変動費の分類は実務的には難しい作業となります。事業にかかるコストの中には単純に固定費、変動費に分類できない経費があるためで、このため分類手段として以下の方法が存在します。
・費目別精査法
勘定科目別に精査し、固定費、変動費の分類をします。実務的に広く採用されている方法です。
・高低点法
過去の実績データをもとに、操業度が最も高い状態と最も低い状態から固定費、変動費の分類をします。
・スキャッター・チャート法
過去の実績データをグラフに記入することを通じて固定費、変動費の分類をします。散布図表法とも呼ばれます。
2.製造業の資金繰り
(1)自社の資金状況を知る
製造業の場合の資金繰りは、原材料の仕入と販売の間に製造作業期間が入るので、投下資金の回収まで時間がかかります。開発期間も加味すればさらに資金回収まで時間がかかることになります
一般的に、事業を余裕をもって行っていくためには月の売上高の1.5カ月分以上の現預金を有していることが理想と言われています。 業態や事業所の経営内容にもよりますので、自社の資金力が現状と、どれくらいの現預金を有しておくべきかあらかじめ大まかな目安の数字は把握しておくべきです。
①現預金月商比率
事業所が月の売り上げの何カ月分の現預金を有しているかで資金力や経営安全性を判定する指標です。具体的には、現預金等(短期保有の有価証券含む)の残高を月の売上高で割って算出します。
※売掛金や受取手形は含めません。
製造業に関わらず大企業でも2ヶ月前後あればいい方で、中小企業は1~1.5ヶ月前後が多いと言われています。1カ月未満は資金繰りがかなりき厳しい状況で早急な対策が必要です。 ※手元流動性(比率)とも呼ばれています。
②流動比率 企業の債務返済能力を判定する指標です。具体的には、現預金や1年以内に決済される売掛金や受取手形、短期保有の有価証券の合計額を、1年以内に決済すべき負債(借入金、支払手形、買掛金等)の合計額で割った比率です。理想としては200%以上と言われていますが、中小企業は130%以上を目標とするのが現実的です。
(2)予実績管理を行う
工業簿記や原価計算においては予算編成が不可欠なものとなります。事業規模により編成作業には通常数カ月の期間を要しますが、経営管理上も資金繰り管理を行う上でも重要な作業なので必ず行うべき作業です。また予算額と実績額の比較(予実績管理)も行いますが、単なる比較にとどまらず、差額が生じた原因を追究し作業工程の改善や問題点の発見に役立つような運用が必要です。工業簿記を採用する製造業の場合は特に部門別に予算管理を行うこととなります。
経営者が売り上げ目標を指示するトップダウン型と、各部の責任者の掲げる売り上げ目標に基づくボトムアップ型等があります。手間のかかる作業ではありますが、結果的に生産性向上やムダの削減につながり資金繰りにも良い影響を及ぼします。
(3)在庫管理の徹底
製造業は原材料を取り扱うため、棚卸対象が固形状のものだけでなく、液状のものや粉末状のものなど多岐に渡ります。品質管理、正確な原価計算や不正行為の防止などを目的としていますが、品質管理体制や在庫管理体制そのもののチェックを行うことにもなります。
また、長期滞留在庫は損失にもつながり過剰在庫は資金繰りを圧迫します。年2回以上行うことが理想的です。なお、棚卸資産管理規定や棚卸実施要領などの内部規定の策定も必要です。 ※工業簿記を採用する製造業においては仕掛品も棚卸し対象となります。
(4)リースの活用
リース料には償却資産税や利息が含まれているため割高に感じますが、購入した場合も償却資産税は負担しますし、資金繰りの点ではリースの方が毎月の支払額を低減できる可能性もあります。リース会社によってリース料は異なりますので、必ず相見積もりを行うことも必要です。借入により購入するケースも比較対象とし、場合によっては損得だけにこだわらず資金繰りを優先するなど、経営状態に応じた選択をすることも設備投資の多い製造業にとっては重要です。
また、再リースを何年か継続している場合がありますが、買い取り価格が再リース料を下回っている場合があります。再リースの案内通知が来るたびに買い取りと再リースのどちらが有利か検討することが必要です。
(5)無駄な償却資産税を払っていないか
自己所有の機械設備等については償却資産税が課されます。既に廃棄したものに無駄な税金を払っていないか、申告時に税理士や会計士との打ち合わせをすることをおすすめします。また、製造業の場合は機械設備等の固定資産が多数存在しますので、固定資産管理規定を策定しリース資産も自己所有資産も管理方法を明確にしておきます。
(6)生命保険の活用
資金に余裕があるときは長期平準定期保険などのいわゆる経営者保険への加入が節税効果を発揮します。定期保険でありながら積立型保険のように中途解約で返戻金があるので役員退職金など高額なものの支出時期があらかじめ予定されている場合などにその財源として活用できます。支出の平準化にもつながり、節税と資金の内部留保策として有効です。 ただし、通常の定期保険に比較して保険料が割高になりますので経営状態を加味した計画的な加入が必要です。税理士や会計士も同席の上で保険会社との慎重な打ち合わせが必要です。
(7)得意先の経営状況に気を付ける
貸倒損失を回避するために、売掛債権や未決済手形がある得意先の経営状況には常に注意しておきます。経理部門の責任者の突然の退職、職員の離職率が高く定着率も低い、仕入先の変更などが取引先の経営悪化のシグナルかもしれません。また、貸倒れに備えるための信用取引保険という保険もあります。必要に応じて活用を検討する価値があります。
(8)税理士・会計士とのかかわり方
公認会計士は財務会計の専門家で上場企業の経理に精通しています。棚卸しや原価計算は会計士の専門分野です。それに対して税理士は税金の専門家です。税理士と公認会計士が在籍し総合的に経営コンサルティングを行う事務所も存在します。税金も原価計算も在庫管理も資金繰りに大きく関わりますので自社の状況に応じて、税務のみに関与してもらうと割り切るか、原価計算や在庫管理に関するアドバイスまで求めるかなど、どのような専門家とどのような関わり方をするのか方針をはっきりさせておくことが必要です。
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3.まとめ
原価計算は資金繰りも含めて製造業の経営管理を行っていく上で必要不可欠なものであることは間違いありません。しかし、いざ導入するとなると情報システムの整備、人材の増員など、それなりの投資が必要になります。当然それらを維持していくためのコストが継続的に発生していくことになります。
経営状況に応じて税理士・会計士の専門家に相談しながら導入の準備を計画的に進めるべきです。最近のIT技術の著しい進歩で、以前は大変だった作業も効率的に行えるようになってきました。試行錯誤を繰り返しながらも自社に最適な原価管理システムを構築し競争力を強化していかなければなりません。